「2015年02月」の記事一覧

今日で2月も終わり・・お花見の話題もチラホラ

鳴門・南あわじも薄曇り

 

春が待ち遠しいですね・・

 

 

樹齢50年

今年もモアナのサクラのシーズンが迫って参りました。

 

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今年は例年よりも気温が低かったので

一気に咲くかもしれません

 

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昨年のドローン撮影では

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今年のお花見プランは以下のような内容

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詳しくはHPをご覧下さいませ

 

私の経験から

4月10日前後が見頃かと・・

 

 

再度のBSA A65の整備を・・

今日の鳴門 徳島も薄曇りで小雨もぱらつくお天気

 

過日、調子を取り戻したスピットファイアーですが

念の為に再度のキャブレターチェック

 

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ガソリンを満タンにしたのを後悔しながらバラしていきます・・

 

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新品を組み込んでから少ししか走っていないのに

スロットルバルブには形が付いていました。

 

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もしやと思ったジェットニードルも

規定の真ん中よりも下の濃い位置である事を確認

 

 

 

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折角なんで新品のスロットルワイヤーにも

少しCRCを染み込ませました。

 

 

後はOIL交換すれば完璧かと。

カサミエント 10数年振りのリフレッシュ・・

今から26年目の夏、モアナコーストは鳴門で誕生しました。

 

オープンして数年後、ガーデンウェディングの先駆けとして

芝生の庭に大型テントによる挙式会場“カサミエント”を建設

 

スペイン語で結婚を意味する“カサミエント”は大きな評判となりました。

 

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当時は大型テント下の会場も芝生を生やしておりました。

 

 

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商店建築誌の取材記事

 

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過去何度か台風で壊れることもあり、10数年前に固定式の超強力な

素材(東京ドーム仕様)に替え今日に至っておりましたが

流石に傷みも見え始め今回の工事となりました。

 

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結構な高さの柱部分

 

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3月中旬には完成の予定

 

お花見の頃には皆様にご披露できる筈です。

 

整備士御用達の石鹸

お正月明けにプチツーリングをご一緒させて頂いた

トライアンフ乗りの友人から貰った石鹸を使ってみようと

開封致しました。

 

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裏面を見てみると

 

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スナップオンからリリースされているようです。

 

流石に整備工場御用達です。

 

 

中身は

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石鹸とは思えないカッコ良さ

 

名称のように仄かにオレンジの香りがします

 

 

調べてみると

 

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業務用のポンプタイプもあるようです。

 

石鹸固形タイプはオブジェにして置いておこうかと考えております。

 

鳴門(徳島 四国)は宝の山・・・

少し前、「鳴門海峡を世界遺産に」についてお知らせ致しました。

 

その他にも鳴門から世界に通ずる歴史・文化があります

実はそれが「第九」なのでであります。

 

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正直、このデザインとコピーは少し?な点はさて置き

 

 

鳴門の知名度UPや経済的なプラスになるよう協力したいと考えております。

 

改めて鳴門市のPRを見てみると

 

『鳴門の第九』という ブランド

第一次世界大戦中

俘虜収容所のドイツ兵により

日本で初めて「第九」を全曲演奏

オーケストラの団員たち

 1918年(大正7年)6月1日、板野郡板東町(現在の大麻町)にあった板東俘虜(ふりょ)収容所で、ドイツ兵捕虜たちによって、日本で初めてベートーヴェン「交響曲第九番」が第四楽章まで全曲演奏されました。この板東俘虜収容所は、第一次世界大戦時に中国の青島で捕虜となったドイツ兵953人を収容した所で(1917年4月6日入所開始)、松江豊寿所長をはじめとした人道的な管理体制の下で、スポーツ、文化、経済活動や地元の人々とのさまざまな交流が生まれ、世界でも類を見ない収容所として現在も注目されています。  捕虜生活の心の平安は一に信仰、二に友情、三に音楽から得られたといわれています。ドイツ人の音楽好きには特筆すべきものがあり、音楽活動に最も大きな情熱を注ぎました。板東俘虜収容所にはオーケストラが2つに吹奏楽団、合唱団もあり、解放されるまでの2年10カ月の間に90回以上の音楽会が開かれ、地元の人々に対して公演を行ったこともありました。

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オーケストラの団員たち

 1918年(大正7年)6月1日、板野郡板東町(現在の大麻町)にあった板東俘虜(ふりょ)収容所で、ドイツ兵捕虜たちによって、日本で初めてベートーヴェン「交響曲第九番」が第四楽章まで全曲演奏されました。この板東俘虜収容所は、第一次世界大戦時に中国の青島で捕虜となったドイツ兵953人を収容した所で(1917年4月6日入所開始)、松江豊寿所長をはじめとした人道的な管理体制の下で、スポーツ、文化、経済活動や地元の人々とのさまざまな交流が生まれ、世界でも類を見ない収容所として現在も注目されています。  捕虜生活の心の平安は一に信仰、二に友情、三に音楽から得られたといわれています。ドイツ人の音楽好きには特筆すべきものがあり、音楽活動に最も大きな情熱を注ぎました。板東俘虜収容所にはオーケストラが2つに吹奏楽団、合唱団もあり、解放されるまでの2年10カ月の間に90回以上の音楽会が開かれ、地元の人々に対して公演を行ったこともありました。

とあります。

 

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収容所とそれにまつわるさまざまな交流は、管理責任者の松江所長を抜きに語ることはできません。当時としては珍しく時代感覚と国際感覚に富んだ人物で、日本側の関係者や地元民が温かく接し迎え入れていった背景には、「信念を曲げない義と、勇と愛の人」松江所長の思い切った英断がありました。今の「鳴門の第九」は人を思いやる心から始まり、世界へ誇れる平和と友情の象徴となっています。

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ドイツ館で発見されたプログラムには、ソロ歌手の名や合唱の歌詞も添えられており、女性歌手こそいませんでしたが、記録上、日本における「第九交響曲」の初演を裏付けるものです

 

 

こうした歴史的背景により

現在の鳴門市では「全国から第九を歌う会」の方々がお越しになっています。

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第一回鳴門「第九」演奏会
1982年(昭和57年)5月15日に、市制施行35周年と市文化会館落成記念行事として、市民合唱団「鳴門市『第九』を歌う会」による初めての演奏会が、完成したばかりの同会館で開催されました。演奏会ではフィナーレとともに、聴衆からは「ブラボー」の歓呼と力強い拍手が合唱団へ送られ、鳴りやまないカーテンコールに会場は熱狂の渦となりました。この感動に市民から、「第九」を毎年聴かせてほしいという声が寄せられ、日本初演の6月1日にちなみ、同月第一日曜日を『第九の日』として、定期演奏会が毎年開催されるようになりました。

ドイツ館「第九」演奏会
1994年(平成6年)6月4日、新ドイツ館の開館とリューネブルク市姉妹都市盟約締結20周年記念事業として「ドイチェスフェストinなると」が催され、ドイツ・鳴門物産展など多彩なイベントが行われました。その一環として、第十三回の演奏会は、ドイツ館前に会場を移し、初の野外公演となりました。ばんどうの鐘を公演開始のベル代わりに鳴らし、演奏会は始まりました。

 

 

上記の事からお判りになるように

これはまさに文化であると考えます。

 

モアナコーストも微力ながら協力し、強固な尖ったコトにしたいものです。