928 S4 Ex で…禁断の秘密基地へ その2

果たしてその秘密基地は

全くその存在を隠すかの如く地図上にも示されていませんでした

 

この辺りであると目ぼしをつけ、到着した場所を見渡してもそれらしき建物、気配も感じられません

電話を入れるとバックミラー越しに手を振る方が…

 

 

建物の外観にはそれらしいサインや雰囲気は皆無

これこそが秘密基地である所以です

 

1年振りの再会の挨拶を交わし基地内に入ります

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息を呑む光景

 

清潔な床、整理整頓の行き届いた基地内

 

こうした空気で凡そ、仕事振りやこだわりが判ります

仲間或いは同類の匂いとでも云うのでしょうか…

 

 

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昨年の春に

チームでモアナコーストにお越し頂いた際、嫌な予感がしたのですが

どうも病魔は気が付かない内に進行したようです

 

 

ドイツ仕様のS800IMG_0619 IMG_0624

 

サイドマーカーレスですっきりとして見えます

ヨーロッパモデルとして乗るなら左もアリです

 

IMG_0621 国内向けは黄・赤・白の3色だったようです

 

改めてWikipediaを参照すると

 

ホンダ・S500、ホンダ・S600に引き続き、Sシリーズの第3弾として1966年1月から1970年5月の間に生産され、それまでと同様に京浜精機製作所製の4連CVキャブレターと、等長エキゾーストマニホールドを装備している。縦置きされた水冷直列4気筒DOHCエンジンをフロントに積み、デフから先の動力伝達に2本のローラーチェーンを用いる後輪独立懸架が主な特徴である。

シリーズ3作目となるエンジンは、ボア×ストロークがφ60.0mm×70.0mmまで拡大され、排気量は791cc、圧縮比は9.2:1となり、最高出力は70PS/8,000rpm、最大トルクは6.7kgf·m/6,000rpmまで向上し、0 – 400m加速は16.9秒、最高速度は160km/hと発表された。エンジンフードの右側にはパワーバルジがあるが、これはダミーである(機械式のインジェクション搭載計画の名残との説があるが、パワーバルジをデザインした当事者である岩倉信弥は自身のコラムで、パワーバルジは外観上の特徴を求める本田宗一郎の要求を満たすべく設けたもので、機能的な意味合いはなかったことを明かしている)。

ボディータイプも従来通りの、オープンとシューティングブレーク風のクーペ2種類が用意された。

先述のとおり、当初はチェーンドライブであり、リアサスペンションはチェーンケース自体がトレーリングアームを兼ね、それにコイルスプリングを組み合わせた仕様だったが、1966年4月に一般的なコイルスプリングと4リンク+パナールロッドのリジッドアクスルの組み合わせとなった(ホンダはライブアクスル方式と呼称した)。

1968年5月には海外向け(AES800C)特に北米向けを基本に国内向け(AS800C)に手直ししたS800Mが発売された。フロントディスクブレーキや13インチラジアルタイヤ、オートチューニングラジオ、ヒーター、サブマフラー、さらにフロントフェンダー、リヤクオーターにはサイドマーカーが装備されている。S800Mでは国内向けはオープンのみでクーペは廃止された。

 

当時のホンダ二輪についてもこんな記述が moa7 moa8

1960年代前半の北米市場における大型バイククラスではイギリスやドイツといったヨーロッパ製オートバイが市場を席捲していた。この状況を打破するべくコンドル計画が立案された。triumph-04

同計画では当時最速といわれたトライアンフT120ボンネビルをターゲットに性能面で凌駕することを目標としたが、排気量649cc・最高出力46ps/6.500rpmのOHVエンジンを搭載するT120ボンネビルに対して既にロードレース世界選手権で技術力を証明していた同社は450cc程度のエンジンで可能と判断して開発されたのが本モデルである。

 

こうした史実は我々昭和30年前半生まれのバイク小僧にはたまらないヒストリーとなります

 

 

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よりバイクらしいピーキーな600

上級モデル800M  又クーペタイプ… 可能であれば揃えたいものです

 

 

 

6月中旬の再来訪を約束し

基地を後にしたのです。

 

終わり